2010年1月7日木曜日

青森大間産

月曜日の朝のニュースで、築地の初競りで青森大間産のマグロが1600万円以上で取引されたことを報道していたが、今日のサンフランシスコの朝のニュースでも、$177Kで取引されたことを報道していました。

 大間で採れたマグロなので価値があるのだろうか。もし、このマグロが他のところで水揚げされたなら、違う値段になったのかなと思っています。

 大間というブランドに価値があるのでしょうか。

 マグロ、二夜連続

 今回の量は約1000人分だそうです。

 $177Kなら、ポスドク4人を1年間雇えます。または、

 ポスドク、4年連続

 です。

2010年1月6日水曜日

羽田ハブ化での懸念

もし、羽田空港がハブ化され、サンフランシスコからの便が羽田空港に着陸し、地方空港へに便に乗り継ぎするのに、ゲートラウンジから出ることが出来なければ、いつも楽しみにしている、門左衛門での食事が出来ないということになるのであろうか。

 これは、羽田空港のハブ化での懸念材料だと、勝手に思っています。

 それは困るが、ゲートラウンジから出て、保安検査を受ければ問題ないような気もするが、でも、羽田空港がハブ化され、サンフランシスコからの便が羽田空港に到着するようになれば、便利なんだけどなあ。

2010年1月5日火曜日

時差と羽田のハブ化

日本とアメリカ西海岸は時差が17時間ありますが、夏時間は時間を1時間進めるので時差は16時間です。

 夏時間のときには、サンフランシスコ国際空港から成田空港へのANA便は12時出発なのですが、現在では11時出発です。

 現在、アメリカの空港のセキュリティーは非常に厳しいので、搭乗する飛行機の出発3時間前には空港に来るようにアナウンスされています。

 そのために夏時間では9時までに、現在は8時までにサンフランシスコ国際空港に行くようにしなければならないということになりますが、朝の1時間は非常に大きいと思います。

 日本時間の15時に成田空港に到着するために、出発時刻の違いが生まれています。

 成田空港に到着しても、そこからリムジンバスで羽田空港に行って、地方空港の便に搭乗しないといけません。

 成田空港から羽田空港までの乗り継ぎの時間を計算して、羽田空港から地方空港に飛ぶ飛行機も設定されているようですが、サンフランシスコからの便が羽田に着陸できるようになれば、どれほど便利になるでしょうか。

 また、サンフランシスコからの便が羽田に着陸できるようになれば、出発時刻を遅らせることも出来るのではないでしょうか。そのほうが、ゆっくり出来て良いのですが。

 羽田空港のハブ化を早く実現させた方が、メリットが大きいのは、わかりやすいことだと思うのですが、政策を決定する人達にとっては、都合が悪いことがあるのでしょうかね。

2010年1月4日月曜日

ベイエリアでの老後

元旦は9時から15時30分まで、日本の映画を3本やっていたので、1本目の「ALWAYS 三丁目の夕日」は見ました。元旦の放送は前半だけの2時間で、後半は3日の夜8時から1時間あります。

 日本ではこの映画を見ていなかったのですが、結構面白いですね。

 元旦の9時からの日本語放送の初めは、サンフランシスコ日本領事の新年の挨拶で始まり、CMはベイエリアにあるいろいろな日系の会社や店、協会などの新年の挨拶ばかりでしたが、その中には日系人のための老人ホームのCMもありました。

 日系のご老人のための弁当配達があることは知っていましたが、日系人のための老人ホームもあるなら、ベイエリアは日本人にとって一生を過ごすことに不都合はないのではないかと思いました。

2010年1月3日日曜日

初笑い

1日と2日はYouTubeにアップされた「絶対に笑ってはいけないホテルマン24時」を見て笑っていました。

 番組制作スタッフの方々は、どうすればメンバーを笑わすことが出来るかと、良く考えて練ってあるなと感じました。

 仕事に対する情熱が凄いのだと思います。

 研究者の端っこに位置する六人目の男は、面白いと思う実験結果を、どうすれば論文のレフリーが納得してくれるかと考えて実験を行なっていますが、レフリーが納得しないということは、ドンズベリ芸人と同じということでしょうかね。

2010年1月2日土曜日

2010年 仕事始め

クリスマスイブの日に、ボスが「 See you next Friday 」と言って帰っていた時に、「次の金曜日って、元旦じゃないよね」と思っていたが、今日、ラボに行くとボス部屋の明かりが点いていた。

 ボスに会うと、「 A Happy New Year 」と言って来た。

 元旦に働くことを恒例行事にしているのかと思ったが、聞かなかった。

 2010年も、厳しい年になると思いますが、何とか結果を出せるように、精進したいと思います。

2010年1月1日金曜日

2009年 仕事納め

今日もいつも通り実験で、仕事納めでした。

 2009年は学位取得、ポスドクとして働き出すという変化が起こった年でした。

 何も考えずに、アメリカに来ましたが、何とかやっています。

 2010年はどうなるでしょうかね。

 良い年にするには、結果が全てのポスドクは働くだけですね。

 See you next year.